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『薄情』 [本]


『薄情』 絲山秋子 著


女性作家をあまり読まないなかで、
絲山さんは別格だ。
なにしろ、今まで刊行された作品をほとんど読んでいる。
月並みな表現で申し訳ないが、
絲山さんの文章は、しっくりくるのだ。
違和感なく入り込んできて、すみずみまでしみわたる。
これほどまでに好きになった女性作家は私にとってはただひとり。
たいへん貴重な方なのです。


地方都市で神職の後継ぎとして暮らす宇田川静生は、
人には深入りせず、つかず離れずの距離を保っている。
深刻な場でも無意識ににやついてしまう癖があり、
何に対しても本気になれない自分を自覚している。

そんななか、高校の後輩の蜂須賀(女子)と再会したり、
東京からやってきたアーティスト鹿谷さんと出会ったりして、
静生の生活は思いもかけぬ方向に動いていく。

鹿谷さんの“変人工房”で出会う人々、
大学時代の友人、近所の人……。
さまざまな人とのつきあいのなかで、
静生はまるで鏡に映る姿を見るようにして、
自分自身の内面を見つめていく。

このままこの土地でずっと生きていくのか。
このままだれとも深くかかわることはないのか。
このままずっと、心が落ち着く場所を見つけることはできないのか。

いちど土地を離れて再び帰ってきた蜂須賀の存在が効いている。
このタイミングで現れた彼女は、
思いもかけず、静生にとって大きなきっかけとなった。
簡単に恋愛関係になることなく、
きちんと言葉を交わすことのできる彼女を通して、あるいは見つめて
静生は自身の姿を確かめていくのだった。

自分自身を完全に理解することなんてできない、と
わたしはいつも思っている。どちらかといえば
他人の目に映る姿のほうが本当の自分なのではないか。
自分が気づかない部分も他人は見ているのではないかと思う。
そう考えると、自分の本当の姿なんてどこにもなく、
人と会うごとにつねに変わり続けているのかもしれない、
などと思えてくるのだ。

著者は、いままでさまざまな土地を舞台に小説を書いてきた。
山陰、名古屋、九州、パリ……。
いずれもひじょうに丁寧に描写されるため、
自然とその情景を思い浮かべることができた。
しかし、なかでも今回の舞台となる群馬は別格だ。
著者自身が現在暮らす土地であることもあり、
並々ならぬ愛情が感じられる。
駅前の街もロードサイドも山並みも、著者が描くことで
たちまち色鮮やかになり、そこに息づく人たちの表情までも思い浮かぶ。
脳内で勝手に映像化が進んでいく。

さらりと語られる方言も魅力的だ。
頻繁に用いられる“行き合う”という言葉のやわらかさに思わずほころんだ。
“出会う”というほど断定的でなく、
いずれは別れ行くことを予想させて、どことなく切ない。
そうしたなかで人と出会うことの意味を考えさせられる。

クルマ好きな著者ゆえにドライブの場面が多く、
そこにインサートされる群馬の風景が印象的だ。
ペーパードライバー歴10年以上のわたしでさえ、
クルマを運転したいという気分になってしまった。

伸びやかな自然に包まれる群馬の土地を駆け抜けたい。
そうして解放されたら、
心がしっくり落ち着く場所が見つかるかもしれない。

ちなみに、すこし前に出た著者の『街道(けぇど)を行ぐ』は
本書の副読本として、たいへん参考になります。
合わせてどうぞ。

薄情

薄情

  • 作者: 絲山 秋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/12/18
  • メディア: 単行本



絲山秋子の街道を行ぐ

絲山秋子の街道を行ぐ

  • 作者: 絲山秋子
  • 出版社/メーカー: 上毛新聞社出版部
  • 発売日: 2015/10/16
  • メディア: 単行本



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