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『夢も見ずに眠った。』 [本]


『夢も見ずに眠った。』 絲山秋子 著

久しぶりの記事になってしまった。
忙しいわけではないけれど、
最近はいつも何かしら考えていて、落ち着く時間がない。
あまりいい状況ではないので、改善していこうと思っている。
それに伴ってブログも更新していければ、という次第。

絲山秋子の作品は、出れば必ず読む。
前作からずいぶん時間が空いたので、新作を本当に楽しみにしていた。
著者の作品の魅力のひとつに、文章の美しさがある。
本書を手に取り最初のページを読んだだけで、もうワクワクする。

高之と沙和子は、学生時代の共通の友人を訪ねて、
岡山へ旅行中だった。その途上、ふとしたことからいさかいが起こり、
ふたりは別行動をとることになる。
そんな不穏な冒頭は仲の良くない夫婦の物語を予感させたが、
決してそうではなく、夫婦の関係性を表すひとつのエピソードなのだった。
「晴れの国」と題された1章を読むにつれ、彼と彼女の
パーソナリティーが浮かび上がってくる。
鷹揚で柔軟な高之に対して、少々神経の細い沙和子。
そうして、次の章から物語は展開していく。

札幌への異動の内示を受けて、沙和子は単身赴任することになった。
高之は非正規だが仕事が決まったばかりで、
一緒に行くことを考えられなかったのだ。
その後別々に暮らすうち、高之は鬱を患うようになり、
自身のコントロールが難しくなる。
物事がきめられなくなり、沙和子との再会も楽しめない。
そして、沙和子ともすれ違うようになり、
離婚することを考え始めるのだった。

高之と沙和子は、岡山を皮切りに、大津、お台場……と
さまざまな土地を訪れながら、
自らのことを、二人の関係性を確かめている。
それぞれ一人でのドライブや友人の住む土地への訪問時にも、
そのとき隣にいないパートナーのことを考えるのだ。

なかでも意外で興味深かったのは、
私が個人的になじみのある下北沢のエピソードである。
ときは2020年、つまり未来にあたるのだが、
いま現在工事中である下北沢の駅はすでに完成し、
かつての面影がまるでないというように描写されていて、思わずはっとした。
私たちが記憶している下北沢の街は、
近い将来、まったく異なる街へと変わってしまうのだ。
そしていつしか、元の街並みを思い出せなくなってしまうのか。
そう思うと、にわかにノスタルジックな気持ちになる。
30年近く通ううちに、人間関係もすっかり変わってしまい、
かつて仲良くしていた友人たちもすっかり疎遠になった。
今どうしているのかすらわからない。
そう、時間の流れというのは本当に残酷だ。
タイミングを合わせることすら、私たちの手には負えない。

高之と沙和子の関係も、ほんの少しのずれから始まり、
その行く先を大きく分けていくことになる。
しかし、それはふたりにとって最善の方法であるから
そうせざるを得なかった。

奇しくも、本書で最も美しい最後の章は、
ふたりの関係性をじつによく表していた。
進むスピードも手段も違う、それぞれのやり方で歩んでいく。
そうして時々、たまたま出会って笑みを交わす。
お互いに手を取って同じ道を行くことが
ふたりにとって幸せとは限らないということなのだ。
切ないけれど、さわやかな結末を迎えるふたりに
エールを送りたくなった。


夢も見ずに眠った。

夢も見ずに眠った。

  • 作者: 絲山秋子
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2019/01/26
  • メディア: 単行本



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