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『御社のチャラ男』 [本]

『御社のチャラ男』 絲山秋子 著


会社とは、さまざまな人間の集合体である。
わたしが最初に就職した会社は
社員が約10人の編集プロダクションで、その後も主に
制作会社に勤めることが多く、社員数は多くても30人程度だった。
それほどの少数でも、人間とはじつに多様である。
真面目な人、競馬好きな人、映画を愛する人、相撲好きな人、
昼間からゴールデン街に入り浸る人……とまあ、とにかく
いろんなタイプがいた。
本書は、地方都市の食品メーカーを舞台に、
会社内外の人間関係を描く連作短編だ。
ここに登場する人たちも、ありふれているように見えて、
一人ひとり絶対的に違う個性を持つ。
その中心にいるのは、“チャラ男”とよばれる三芳道造である。

三芳は、おしゃれでルックスはまずまず。
仕事は適当にこなし、責任を逃れ、おいしいところだけ味わうような人だ。
そんな三芳を取り巻く社員やその家族が、三芳との関係性を軸として
自身の想いや境遇を語り出す。
そこには、会社員としての普遍的な考え方や個人的でリアルな思い、
将来への希望や失望などが素直な言葉で表されている。

なかでも、社長秘書の役割をする女子社員の独白が興味深い。
自分に依存している社長や三芳を非常に冷静に観察しつつも、
いずれ政治家を目指したいという野望を内に秘めている。
従順に見える若い女子が政治家に興味を持つというギャップがいい。
さらには、とある事情で会社を辞めざるをえなくなった中年男性の
飄々とした人物造形も興味深かった。

そして、それぞれを主人公とする物語を読むにつれ、
徐々にその関係性が見えてつながり、会社の全体像が浮かびあがってくる。
絲山さんは、こうした連作短編がとても上手だ。
色の異なるビーズをいくつもつなげて、
唯一無二の輝きを放つネックレスを作り上げるように
細部に至るまでていねいに描き、物語を織り上げる。

“チャラ男”にも、それなりの事情があった。
最後に挿入される三芳のエピソードでは、
人にはめったに見せない彼の一面があらわになる。
そんな彼の意外性こそが、本書の肝といえるのではないだろうか。
完璧な人間などいない。
皆どこかしら欠けたりゆがんだりしている部分があり、
だからこそ愛すべき存在なのだという
著者のメッセージが伝わってくるようだ。

仕事は決して楽じゃない。
人間関係も楽じゃない。
だけど、働かないとビールはうまくないし、
人との関係のなかにこそ、楽しみや喜びを見出すこともある。
会社とは、そんな相反する世界が凝縮された
場所なのかもしれない、と思えてくる。

会社員はもちろん、働くすべての人に共感するところがあることだろう。
爽快な印象を残し、こんなご時世の不安な気分をほんの少し晴れやかにしてくれる。


御社のチャラ男

御社のチャラ男

  • 作者: 絲山 秋子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/01/23
  • メディア: 単行本



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「テリー・ギリアムのドン・キホーテ 」 [映画]

「テリー・ギリアムのドン・キホーテ 」
THE MAN WHO KILLED DON QUIXOTE
スペイン/ベルギー/フランス/イギリス/ポルトガル
2020/01/24公開
監督:テリー・ギリアム
出演:アダム・ドライヴァー、ジョナサン・プライス、ステラン・スカルスガルド

構想から約30年の時を経てついに公開された
テリー・ギリアム監督作品。
新聞の文化欄で公開情報を見たとき、思わず声を上げてしまった。
トラブル続きで頓挫した本作がついに完成したかと思うと感慨深い。

2000年秋、ギリアム監督は
長年あたためていた「ドン・キホーテ」の撮影にとりかかったが、
役者が降板したり、悪天候でセットが崩壊したりとトラブルが続出し、
撮影中止に追い込まれてしまった。その一部始終を追ったのが
2001年に公開された「ロスト・イン・ラマンチャ」だ。
この作品の、なんとも物悲しい雰囲気はいまでも心に残っている。
夢のあと、という言葉がふさわしいと思っていたが、
ギリアム監督は決してあきらめてはいなかったのだ。
未完の大作として終わるのではないかと思われていたが、
どうにか再開して完成にこぎつけたのが本作というわけである。


CM監督として活躍するトビーがスペインの田舎で撮影していると、
怪しい男からDVDを売りつけられた。それはなんと、
トビーが学生のときに製作した映画「ドン・キホーテを殺した男」。
そのロケ地が近くであることを思い出して、ふと訪ねてみたところ、
かつて映画で主役を演じてもらった靴職人の老人と再会した。
老人は自分をドン・キホーテと思い込んでいて、
さらにはトビーを従者のサンチョパンサと思い込み、
壮大な冒険の旅に出てしまうのだった。

その道中で、トビーは学生の時に出会った居酒屋の娘と再会する。
彼女は「女優になれる」というトビーの言葉を信じて芸能界に挑んだものの、
挫折してすっかりやさぐれた女になっていた。
また、旅の途中で出会ったご婦人は、仲間たちと岩山の影に隠れ住み、
貧しい暮らしを送っていた。
行く先々でさまざまな人たちや出来事に巻き込まれつつ、
老人とトビーは成り行きまかせのように歩んでいく。
その先に何が待ち受けるのかもわからず……。

荒唐無稽なファンタジーのようでありながら、
どこか現実味を帯びていて、せつなくもある。
それはもしかしたらギリアム自身の心情を映しているのかもしれない。
衝撃的な作品を世に送り出してきた監督も御年80だ。
さすがに、老いを感じずにはいられないだろう。あるいは
来し方を振り返って思うことがあるのかもしれない。
そうした過去への想いがドン・キホーテに投影されているようでもあった。

まずは、本作が完成したことがうれしい。
さらには、コメディ監督らしさも健在で
ひさしぶりのギリアム節を、ぞんぶんに楽しめた。

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