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『波の音が消えるまで』 [本]


『波の音が消えるまで』  沢木耕太郎 著

ノンフィクションの名手がエンタテインメントをどう描くか、
期待よりも好奇心が勝ったまま読んだが、
予想していたよりはるかに面白く読めた。
著者の語るストーリーは、
著者自身があこがれた世界、
いわゆるアナザーストーリーだったのではないか。
何かに淫し、とことんやりつくす様をフィクションとして
描き切ることで、思いを解き放ったのではないだろうか。


元カメラマンの伊津航平は写真の仕事をすっかり辞めて
サーフィンをやるためにバリ島に滞在していた。
しかしそれも時期がきたようで、日本に帰ることを決めた。
帰国の途上、香港に立ち寄ったところ、
その日がたまたま英国返還の前日だったため、
香港に宿が取れず、やむを得ずマカオに投宿した。
そこで出会ったのがバカラだ。
何気なく遊びだしたらハマり、数日の滞在予定が
いつしか何カ月にもなった。
その間、劉さんという常連と知り合ったことにより、
航平はますますバカラの深みにはまっていく。
一度は資金づくりのために日本に戻るものの、
バカラに取りつかれた航平は再びマカオへ。
もはや戻れないのか――。

返還直前のマカオ、バカラに熱狂する人々、
昏い過去をもつ航平の人物造形などがポイントを押さえて
リアルに切り取られ、映像を喚起させるのに申し分ない。
ノンフィクションの名手は、エンタテインメント小説でも、
その描写力を存分に発揮した。
さまざまな人物や事象をとことん深くまで突き詰めてきた
著者ならではと言えるだろう。
本書の一番の読みどころであるバカラの場面は、
まるでスポーツ中継のようだ。
臨場感にあふれていて、思わず息をのむ。

果てまで行きつく人の姿を描きながらも、
あまりにもきれいにまとまっていていささか惜しい。
狂気にも似たさらなる果てをみたかったとも思うが、
そこは著者の優しさだろうか、
最後に救いは残されていたのだ。
また、航平の人物造形がいささかできすぎていて、
しかも美女たちにもてまくるというのは少々鼻につくが、
同時に航平と美女たちとのロマンティックな場面は
作中において安らぎを感じさせるものになっていることは否めない。

「波」という言葉は、本書を読み解くキーワードとなろう。
航平がかつて挑んでいたハワイのノースショアの「波」、
バカラの「波」、そして人生の「波」……。
良い時もあれば悪い時もあり、
手に負えない大きさになることもあれば
さざ波のような穏やかさも見せる。
すべてを飲み込んでしまうような大きな波が全編を通して
通奏低音のようにうねりつづけ、最後には
自らを包み込むように静かにひいていった……。

かつて、著者の代表作である『深夜特急』を繰り返し読んだ。
その後、返還前のマカオのホテル・リスボアで
実際に「大小」に興じたこともあった。
あれからもう20年ほどたつが、
その後も著者の作品を読み続け、相変わらず影響され続けている。
本書を読んで、あの頃の想いがふとよみがえってきたように感じた。
これほどまでに熱のこもった著者の作品を読んだのは
久しぶりのような気がする。
湿り気を帯びたアジアの街の熱気が、
ずっと閉じこもっていたものを呼び覚ます。
守りに入っている場合ではない。
やることがいろいろあることを思い出した。

波の音が消えるまで 上巻

波の音が消えるまで 上巻

  • 作者: 沢木 耕太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/11/18
  • メディア: 単行本



波の音が消えるまで 下巻

波の音が消えるまで 下巻

  • 作者: 沢木 耕太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/11/18
  • メディア: 単行本



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