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『スタッキング可能』  [本]

『スタッキング可能』  松田青子 著

FM横浜で隔週火曜日~金曜日の朝7:52からオンエアされている
北村浩子さんによる本の紹介コーナー「Books A to Z」
紹介されていて、これは絶対読まなきゃ!とすかさずメモした。
決め手となったのは、
「出かける支度をしていて、これから会社だ~と思っている人に強くおすすめします」
という北村さんの言葉だった。


表題作「スタッキング可能」をはじめとする短編小説および
「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」という連作コント(?)を含む作品集。
読み始めたら最初の数ページは何が書いてあるのか理解できず、
日本語マジックに翻弄され、混乱をきたすことしばし。
だが、二度三度読み、さらに2行3行戻りつして
読み進むうちにあら不思議、どんどん面白くなってきた。
普通の人の普通の暮らしのなかで起きる出来事や物事を
独特な視点から切り取る描写がシュールに見えて、その実リアルで新鮮だ。

表題作「スタッキング可能」は、
とあるオフィスビルで働く人々の日々を描くもの。
登場する人物は、
A山、B野、C川、D田……というように、
アルファベットと、日本の苗字によくある漢字を
組み合わせた単純な記号で表され、
また、章の冒頭にはエレベーターの階数が表示され、
どこのフロアの話かがわかるようになっている。

しばらく読むと、読者は既視感を覚えるようになるだろう。
この場面、なんだかさっき読んだような気がする。
この人、さきほどの章で登場したC川と同じ人ではないだろうか?
ところがそれはまるっきり違う人であり、
それでいて、同じような行動をとる人なのだということがわかってくる。
同じビルのどのフロアにも同じような人たちが同じように働き、
同じような人間関係で悩んだり苦しんだりしている。
そうした人々たちをカテゴライズして、
“スタッキング可能”と言い表しているのだ。
だけれども、たとえば“C”としてスタッキングされる
人物がみなまったく同じ言動をするわけではない。
同じCでも、同じような行動からはみでた些細な部分、そここそに
オリジナリティとも呼べるものがある。
しかし、それすらも読者の共感を呼ぶという点で、
“スタッキング可能”といえるのかもしれない。

自分に興味を示さない女子社員を
“レズビアン”と決めつける男子社員たち。
自分の好きな洋服や化粧品を買うことで
会社に対して“勝った”気持ちになるという女子社員などなど、
典型的ではないかもしれないが、“こういう人いるかも”と
思わせる人物像を作り上げるのが実に巧みだ。

タイトルからしても、言葉の使い方が超絶的に巧い。
短編の合間に挿入される「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」にしても同じく、
会話であればそのテンポ、さらには
誰もが知っている物事の描写、あるいはたとえ方にしても、
ぼんやりと認識していてもなかなか言葉にしづらい物事を
きちんと捉えて表していることに感嘆する。

短編小説「もうすぐ結婚する女」では、
日本語の豊かさと繊細さを感じることができる。
語り手は誰なのか、そして、「もうすぐ結婚する女」とはだれで、
語り手とどういう関係にあるのかが読むうちに
だんだんわかるプロセスが実に楽しい。
日本語を読む醍醐味が存分に味わえる。

会社の人間関係にうんざりしている人に、
ぜひ読んでもらいたいと思う。
本書を読んだ人は、
客観的な目線で周りの人間をこっそり
カテゴライズして楽しみたくなるのではないだろうか。
あるいは、どこで「あるある」と感じるかによって、
自分がどう“スタッキング”されるのかがわかるかもしれない。


スタッキング可能

スタッキング可能

  • 作者: 松田 青子
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2013/01/18
  • メディア: 単行本



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コメント 2

北村浩子

濃厚な作品集ですよねえ。
私、気になってるのが、「H村」が「虹色のうろこに覆われた生き物」が川の中にいるのを見るパートなんです。
これはなんだったんだろう……と今も思っています。全体的に「熱」と「怒り」が充満している物語の中で、このパートはなんだか、ファンタジックで穏やかで、温度が違う気がするんです。

……と書いていたら本屋大賞の発表が始まったみたいです。予想は『きみはいい子』(←まだ読んでないのですが)。
またお会いしたいですね!
by 北村浩子 (2013-04-09 19:13) 

lucksun

>北村さん、コメントありがとうございます!
いやー、この本面白いですねえ。
ご紹介いただきまして、ありがとうございました。
久しぶりに文章自体を楽しめる作品に出会えたなあと思います。

「H村」のパートをちょっと読み返してみました。
たしかに他と比べると異色ですね。
心象風景、というか精神状態を映しているような感じがしました。

「本屋大賞」、『海賊と呼ばれた男』に決まりましたね。
うーむ、残念。
実はわたし、今回の候補作は一冊も読んでいないのですが(笑)、
『きみはいい子』(わたしも気になってました!)も含めて、
これから読もうかな……と思ってます。
またぜひぜひお会いしたいですー。
by lucksun (2013-04-10 01:29) 

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