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『世界を、こんなふうに見てごらん』 [本]


『世界を、こんなふうに見てごらん』  日高敏隆 著


動物行動学、といえばリチャード・ドーキンスによる
『利己的な遺伝子』を思い浮かべる人が多いだろうか。
あるいは、コンラート・ローレンツの
『ソロモンの指環』を思い出す人もいるだろう。
本書は、この2作の翻訳を手がけた日高敏隆氏のエッセイ集。
動物行動学者であり、海外の名著の翻訳に加え自身の著作も多く手がける
日高氏の文章はいずれも非常に読みやすく、
理系の知識に乏しくてもするすると頭に入ってきて心地よい。
何より、著者ご本人の人柄が垣間見えるやさしい言葉がとても魅力的だ。

本書には、学者というより一人の人間として、
世界を、生き物たちをどう見てどう接しているかがつづられている。
もともと、著者を動物行動学の研究に向かわせたのは
暮らしの周りにいる生き物たちへのあふれんばかりの好奇心と愛情だった。

たとえば、なぜチョウはいつも
決まったところを飛ぶのだろう、という疑問がわくと、
チョウが飛ぶ先に何があるのかをつぶさに観察し、
その理由を導き出す。
そうした子どものころの経験が、研究の道へと
つながったと著者は書いている。

また、とても面白く読んだのは
小学生のころ、死骸に群がる甲虫類を観察したというエピソード。
あまりにも熱中しすぎて、家の中に腐った肉を置いて観察していたら
お父さんに怒られたそうだ。
大人から見ればそりゃそうだろう、という感じだが、
小学生のころの著者にとっては最も身近な観察対象だったのだ。
そうした、暮らし周りのささやかな生き物へ
目を向ける観察眼も著者ならでは。
小さいころからその資質を自然と身につけていたということだろう。

そうしたエピソードの数々を読むにつれ、
科学分野において常識とされることを鵜呑みにせず、
自らの体感したことや感覚に基づき、答えに近づいていくという
独自のスタンスの源が垣間見えて、実に興味深い。

さらには、「イマジネーション、イリュージョン、そして幽霊」と
題した講演録が大変良かった。
話し言葉をそのまま採録しているため、わかりやすいうえ、
著者の本音により近い部分に触れることができる。

世界や生き物をとことん観察することにより、
本質が見えてくるということを、著者は一貫して語っている。
知ることによって、その対象への共感が深くなり、
さらには生き物(人間を含む)の多様性が見えてきて
世界はますますおもしろくなるということを示唆している。


実は、著者には20年以上前に一度、取材をさせていただいたことがある。
名もない媒体の突然の取材依頼を快く受けてくださって、
京大の静かな夜の校舎で興味深いお話をたっぷり聞かせてくださった。
その後、原稿も細部までお読みいただき、
修正箇所のファクスと電話をいただいたうえ、
掲載のお礼を丁寧にくださったことは、いまだに忘れない。

それ以来、日高氏の著作をずいぶん読んだ。
読むほどに引き込まれ、今となっては単なるファンになってしまった。
2009年に亡くなったため新作を手にすることはできないが、
温かく包み込んでくれるような文章に出会うたび、
数々の著作を残してくださったことに感謝する。

世界を、こんなふうに見てごらん (集英社文庫)

世界を、こんなふうに見てごらん (集英社文庫)

  • 作者: 日高 敏隆
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2013/01/18
  • メディア: 文庫



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コメント 2

ミホ

相変わらず、色んなご本を読まれてますね。作者の幅も広くていつも驚かされます!
日高さんという作者、わたしは存知あげなかったのですが、楽しそうな本を書かれてますね。ちょっと検索したら、「ネコはどうしてわがままか」とか「春の数えかた」なんて、不思議で面白そうな作品が出てきて興味深々です♪
本の装丁も柔らかでかわいい~。ブックリストに追加しました!
by ミホ (2013-03-12 12:13) 

lucksun

>ミホさん
おお、さっそくチェックされているとはさすがです!
日高さんは動物行動学者でありながら、
すぐれた文筆家なので、とても読みやすいですよ。
ミホさんは理系でいらっしゃるから、より楽しめるかもしれません。
文庫でいろいろ出ているので、出張のお供にどうぞ~♪
by lucksun (2013-03-14 00:40) 

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