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『佐渡の三人』 [本]


『佐渡の三人』  長嶋 有 著


アラーキーが書いたという題字のインパクトに目を見張る。
どことなく演歌チックで、日本海側の土地のイメージにぴったりだ。
長嶋有にしては珍しく、そんな内容なのだろうか、と
読み始めると、案の定まったく違って、拍子抜けすると同時に安堵した。

表題作を含め、「戒名」「スリーナインで大往生」
「旅人」の4篇が収録されている。
いずれも短編ではあるが、登場人物は同じであり、
ストーリーも時系列で続いているので一冊通して長編としても読める。

「佐渡の三人」は、「隣のおばちゃん」が亡くなり、
佐渡に納骨に行く三人の道中をつづる。
三人とは、語り手である私=道子(物書き)、
弟(ひきこもり)、父ヨツオ(古道具屋)だ。
仲が良いとは言い難いが、特に距離を置くわけではない
微妙な関係の三人の会話がいちいちおかしい。
物書きである道子を、弟はちゃかして「道子先生」と呼び、
父は停泊している船を指差して「マン・ギョン・ボン!」と
リズミカルに叫んだりする。
さらに言えば、父親だからといってリーダー的な役割をすることなど
一切なく、むしろ弟が座を取り仕切る雰囲気だ。
それを道子は、家族の立場というより、ごくフラットな目線で
傍観し、おかしみをさらに際立たせている。

つづく「戒名」は、家で寝たきりになっている
祖母が自分で勝手に戒名をつけたことによるエピソード、
「スリーナインで大往生」は祖父の納骨、、
そして「旅人」では、祖母と「隣のおじちゃん」の納骨のため、
佐渡に向かうエピソードがつづられる。
メンバーはそのたびかわるが、
道子はその3回とも、佐渡への旅に向かうのだった。

登場する人物の描写がとてもいい。特に、
ずっと祖父母の家でひきこもっていた弟が、
親戚が亡くなったことをきっかけに、
お葬式や納骨などの儀式を取り仕切ることによって
徐々に現実世界に近づいていく感じが印象的だ。
ひきこもりのくせに妙に良識的で
世間の常識にも詳しいところも魅力的に映る。
さらには、たまにしか登場しない従姉妹や
隣のおじちゃんなど、「ボーナス面のキャラ」と表現される
人々も、登場回数は少ないにもかかわらず強い印象を残す。

日々の何気ないひとコマを丁寧にすくいあげ、突っ込む
目線のきめ細かさは著者の持ち味だ。
力強い言葉はほとんどない。どちらかといえば脱力系だ。
軽妙な語り口に油断していると
時折さりげなく主張が挟まれていて、どきりとする。
それまでのストーリーが突然腑に落ちたりする。

私たち家族は、ウケるということをしてきている。 変な家ではあるが私たちの家だけに特殊さが集中してるわけではあるまい。 きっとどんな家にもそれぞれ変な部分や、問題があるだろう。 家を構成する一人一人にもだ。 ~(中略)~ だけどこの家では、一人でただ冗談めかすのではない。 家中で「ウケる」ということを、父も弟も、皆が皆の役目のようにやる。 悲しみにユーモアを「混ぜる」のではなくて、 「同時」なものにする。悲しいことを減らすのではない。 まぎれさせるのでもない。「ウケる」ということにさえしたら、 その時間は悲しいではないのだ。なくなってないのに。

家族とは何か、というような大仰なテーマが掲げられているわけではないが、
ここで描かれるのは、ひとつの家族の在り方だ。
たいていの家族であれば、おそらくお互いに干渉したり
うるさがったり、家族だからといって甘える部分もあるだろうが、
本書に登場する一族には、そういう面はみられない。
言うべきと思われることも言わず、
相手の判断にゆだねる。
そうしたことが正しいかどうかは分からないが、
一風変わっているように見えて、
とてもきちんとしたことに思えてくる。

例えば、文学はこうあるべき、とか家族だからこうあるべき、とか
こういう場合はこうすべき、といったあらゆる“べき”から
解き放たれた感じがあるのだ。その自由奔放さが
むしろ自然なのではないだろうかと思えてくる。

ユーモアと優しさに満ちていて、読後感がとてもいい。
佐渡には行きたくならないが(観光的な描写が特にないため)、
吉祥寺に行きたくなった。ロンロンが懐かしい。

佐渡の三人

佐渡の三人

  • 作者: 長嶋 有
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/09/26
  • メディア: 単行本



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コメント 5

lucksun

>ameyaさん
nice!ありがとうございます♪
by lucksun (2013-02-04 22:57) 

ナッツ

題字、インパクトあります。
こういうのを見ると、
私もまたいつか書を習ってみたいなって思います。
by ナッツ (2013-02-10 10:44) 

lucksun

>ナッツさん
思わず手に取りたくなる書影ですよね。
上手な字というよりも味のある字に惹かれます。
ナッツさんは書を習ったご経験があるんですね。
集中力が高まりそうでいいですね。
by lucksun (2013-02-12 01:11) 

桂花

読んでみたくて、近所の本屋さんや図書館を
ちょっと物色していたのですがみつけられず・・・
図書館でこの方の別の本(『泣かない女はいない』)を手にとりました。
私がいままでに出会ったことない雰囲気で少し新鮮でした。
日常を愛おしく思えるような・・そんな感じ?でしょうか。
相変わらずうまく説明できませんが。(笑)

それと、引き続き『東京バンドワゴン』シリーズを読んでいます。
『東京バンドワゴン』すっかり大好きになりました♪
by 桂花 (2013-02-18 12:12) 

lucksun

>桂花さん
うーん、本屋さんで見つかりませんでしたかー。
そのうち図書館に入るといいですね。
『泣かない女はいない』読まれましたか!
わたしもずいぶん前に読みましたが、とっても好きな本です。
>日常をいとおしく思えるような
うん、わかるような気がします。
とりたてて事件ぽいことは起こらないんだけれど、
毎日いろいろなことがあるよね、という感じでしたかしら。

『東京バンドワゴン』シリーズ気に入っていただけて
とてもうれしいです!
わたしも新作が出るのをいつも楽しみにしてます。
ドラマ化されるといいなあ、なんてつい思っちゃいます。
by lucksun (2013-02-23 14:25) 

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