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『小松とうさちゃん』 [本]


『小松とうさちゃん』  絲山秋子 著


このところ立て続けに刊行の続く
絲山秋子の最新作。
書影に地味めなおじさんのイラストを配すとは、
なかなかの大胆さではないかと思う。
これは、シャレオツな女性読者は手に取りにくいのではないか?
わたしはもちろん、そんなことなどまるで気にせず、
すかさず手に取りましたけれども。


大学の非常勤講師を勤める小松尚、52歳。
仕事で新潟に向かう新幹線の車中で
同い年の長崎みどりと知り合い、好感を抱く。
しかし、それまであまり恋愛経験のなかった小松は
どうしたらよいのかわからず、みどりの年賀状に返事も出せない。
そんな小松の相談相手となるのは、
飲み屋で知り合い、その後同僚のように仲良くなった宇佐美。
一見普通のサラリーマンだが、
40歳を過ぎてネトゲにはまり、抜け出せずにいる。

みどりに対してどう接したらよいのか考え込む小松、
人にはいえない怪しげな仕事をしているみどり、
実社会よりネトゲで深刻な状況に陥る宇佐美。
この三人を語り手に、日々を暮らすなかで
持ちうるさまざまな感情が、それぞれの目線からつづられる。

日常やそれぞれの事情に対する愚痴やぼやきなども少々あるが、
どちらかといえば屈託はあまり感じられない。
三人とも自分の置かれた境遇を受け止めていて、
それでもあきらめたり腐ったりすることなく
日々を生きていく姿に、どこか潔さも感じられてくる。
彼らの人柄が浮かび上がるにつれ魅力は増し、
最後にはかわいらしく見えてくるのが不思議だ。
登場人物たちに対する著者の愛情深さゆえではないだろうか。

中年と呼んでいい年頃の彼らのリアルな日常が
あまりにも自然に展開するので、
時折、著者の存在を忘れかけた。
まるで彼らが勝手に行動し、話し出すかのよう。
著者の持ち味である、言葉をていねいに選び抜いた文章と
軽妙でテンポのよい会話が物語をスムースに読ませるためだろう。

最後の展開はあまりにも意外で、思わず笑ってしまった。
あっという間に読めてしまうが、読み終わったとたん
また最初から読みたくなる。
一つひとつの文章を何度も味わいつくしたい。
ひっそりとしてはいるが、絲山作品のなかでも
好きな作品の一つになりそうだ。

小松とうさちゃん

小松とうさちゃん

  • 作者: 絲山秋子
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/01/19
  • メディア: 単行本



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「ボッティチェリ展」 [アート]

「ボッティチェリ展」
2016/1/16(土)~4/3(日)
東京都美術館

先の金曜日、ぽかりと時間が空いたので、
ふと思い立って行ってきた。
気がつけば、会期もあと1カ月を切っている。
危ないところだった。

《春(プリマヴェーラ)》や《ヴィーナスの誕生》で知られる
イタリア・ルネサンス期の巨匠、ボッティチェリの作品を
直接目にする機会は、それほど多くはない。というのは、
その大半が祭壇画や板に描かれた作品であるため、
現地に行かないと観られないものもあるからだ。
そのため、まとまった数の作品を展示する機会は稀なのだそうだ。
今回は20点以上のボッティチェリ作品とともに、
ボッティチェリの師フィリッポ・リッピ、
フィリッポの息子でありボッティチェリの弟子となった
フィリッピーノ・リッピの作品も展示されている。

第1章「ボッティチェリの時代のフィレンツェ」では、
同時代の関連作品をみることができる。
その多くは宗教画やメディチ家関連で、
良くも悪くもメディチ家の影響の大きさを感じられる。
そうした背景を踏まえて第2章からは
フィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、フィリッピーノ・リッピ
それぞれ一人ずつに焦点があてられる。

3人の作品を続けて観ていくとやはり、
ボッティチェリの作品のクオリティが群を抜いていると思える。
今回の注目作品である《書物の聖母》はなかでも特に美しい。
穏やかな表情や衣服の質感、光の量や角度など細部に至るまで
きめ細やかに描きこまれ、その完成度の高さに目が離せなくなる。
時間のある限り観ていたいと思うほど、すばらしかった。

また、当時、その美しさで名を知られた女性の横顔を描いた
《美しきシモネッタの肖像》もすてき。
今にもしゃべりだしそうな唇、
遠くを見はるかすような瞳がとても魅力的だ。

さらには、人間味あふれる
《書斎の聖アウグスティヌス(聖アウグスティヌスに訪れた幻視)》、
十字架の形に切り取られた《磔刑のキリスト》といった
斬新な作品にも目を奪われる。

なかでも最も鮮烈だったのは、
晩年に描かれたとされる《アペレスの誹謗》。
登場人物をそれぞれ「誹謗」「不正」「真実」などの
意味をもつ存在として描く寓意的な作品だ。
光あふれる空間に、人物たちは表情豊かに生き生きと描かれる。
ダイナミックかつ躍動感があり、とてもすばらしかった。

ボッティチェリと師と弟子の作品は、思った以上にぜんぜん違う。
特に弟子のフィリッピーノの作風はどちらかといえば柔和な雰囲気で、
色も中間色が多い印象だ。
構図に関しても大胆さはなく、いささかおとなしい感じを受けた。

作品のなかには工房の名義になっているものもあり、
芸術に重きを置く当時の社会背景がうかがえる。
このころの芸術家はどちらかといえば職人的な存在だ。
工房制で弟子を取り教育も行うことから、小さな企業体といってよいだろう。
芸術家がインテリアや祭壇など生活全般の装飾を手がけるということは
つまり、芸術によって
暮らしまわりのソリューションを行うということだ。
ルネサンス期を代表する作品群を観るにつれ、
デザインの存在意義の根本にふれたような思いがした。

これまで観たことのなかった
貴重な作品が多く、たいへん見ごたえがあった。

東京都美術館の展示は最近さらに充実している。
今年の特別展は、
4月22日(金)~5月24日(火)「生誕300年記念 若冲展」
6月11日(土)~9月22日(木・祝)「ポンピドゥー・センター傑作展」
10月8日(土)~12月18日(日)「ゴッホとゴーギャン展」
と、必見の展示がつづく。
夜間開館を利用する機会はますます増えそうだ。


<東京都美術館ホームページ>
http://www.tobikan.jp/

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