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『月の満ち欠け』 [本]

『月の満ち欠け』 佐藤正午 著

本作は先日、第157回直木賞の候補作にあがった。
選考は7月19日。結果を楽しみにしている。


☆☆追記☆☆
7月19日、なんと、ついに直木賞決定!
この日をずっと待ちわびていました。
朝日新聞デジタルの記事はこちら


佐藤正午の本は出れば必ず読む。
本作もその例に倣い、4月に刊行されてすぐに読み切ったのだが、
今までレビューを書かなかった。それには理由がある。
ひとつには、自分の感想がなかなかまとまらず、
どう書いたらよいのかわからなかった。
まとまったところで文章にしづらいと思っていた。
もうひとつには、本作を読んだ後に『書くインタビュー 3』が
刊行されたので、そちらと合わせて書きたいと思っていたからでもある。
『月の満ち欠け』を読み解くヒントが
見つかるのではないかと考えていたからだ。
……というのは、本作のレビューを書くつもりでいて
今まで延ばしてしまった、単なる言い訳です。


小山内堅は東京ステーションホテルのカフェで
とある母娘と会った。
るり、と名乗る7歳の娘は小山内のことをよく知っている。
コーヒーはブラックが好み。家族3人でどら焼きを食べたことがある――。
その娘は、かつて小山内の娘の瑠璃だったというのだ。
それは、いったい何を意味するのか。
小山内が妻と娘と一緒に暮らしていた頃に始まり、
長きにわたる過去をひもときつつ、
“るり”をめぐる長い物語が始まる。

著者の作品でいえば『Y』『5』の系譜につながる
超常現象を扱っている。
一つ間違えばファンタジーになりかねない
きわどい題材を、著者ならではの緻密な筆致により、
違和感なく読ませる。一種、不思議な味わいをもつ作品だ。

好きな人に会うために生まれ変わりをつづける彼女の強い思い、
そして思いを遂げるためにとった行動の仔細、
あるいはその周囲にいる人々の反応、交わした会話に至るまで、
一点も漏らすことなく丁寧に、細心の注意を払って、
しかも物語の勢いを損なうことなく書ききっている。
冒頭では突飛な設定に頭の中に疑問符が飛び交うが、
読み進むにつれ、どんな設定も人物も行動も、
なんの違和感もなく思えてくる。
読者を惑わせ、物語にごく自然に引き入れる
巧みさに思わず圧倒されてしまう。
そしてラストでは、一人の人を追い続け、
ようやく思いを遂げた彼女の執念にも似た愛情の深さに胸を打たれた。


一方、後日刊行された『書くインタビュー 3』では、
聞き手の東根ユミとの往復メールを通して、
著者の創作にかける思い、小説作法などが惜しげもなく開陳される。
ときには失礼とも思える質問に、
茶々を入れたりまっとうに答えたり、
その時々に応じた著者らしい回答がたいへん興味深い。
なかでも印象深かったのは、トルストイの
『アンナ・カレーニナ』の一文を引いて、
小説の細部へのこだわり、あるいは細部を描写することにより
際立つ小説の読みどころについて言及するくだりである。
著者の諧謔がいかんなく発揮された文章そのものの味わいをも楽しめる。

本作であらためて著者の仕事の細かさ、見事さにふれ、
小説家もしくは作家という呼び名よりも「小説職人」と呼びたくなった。

近年、新刊を読む比率は減ってきているが、
敬愛する作家の作品を読む機会だけはなくさずにいたい。
ちなみに、ことしも上半期を過ぎようとする現時点では
迷うことなく本作をベストに決めた。

月の満ち欠け

月の満ち欠け

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2017/04/06
  • メディア: 単行本



書くインタビュー 3 (小学館文庫)

書くインタビュー 3 (小学館文庫)

  • 作者: 佐藤 正午
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2017/05/09
  • メディア: 文庫



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