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『恋するソマリア』 [本]

『恋するソマリア』  高野秀行 著

ソマリアと聞いて、その場所がすぐに思い浮かぶ人は稀だろう。
昨今では、海賊が横行する地域として話題になったが、
それでもまだ知名度は低い。
「アフリカの角」と呼ばれるソマリアは、
内戦の絶えない危険地帯である。しかしその中で、
奇跡的にも独自の民主主義を築き上げたソマリランドの
存在を知り、著者は関心を抱いた。
その後、ソマリ地域へ渡航した際の体験から、
ソマリ世界の謎を解き明かしていく。

民主主義達成のいきさつについては、
前作『謎の独立国家ソマリランド』に詳解されている。
ソマリランドの概論や基礎知識から紹介する必要のあった
前作に比べ、本書はよりソマリ世界により深く追究し、
多角的にとらえようとしている。
そこには、著者のソマリ世界への熱い思いが太く貫かれているようだ。

著者は、あるグループの人々の文化を理解するためには
「言語、料理、音楽」の三大要素を知ることだという。
なるほど、その三点はどの地域にも必ずあり、
しかも最も地域の特性が表れやすいものだ。
かくして著者は、外国との関係、地域の成り立ちなどに触れた後、
市井の人々の暮らしという“核心”に迫っていく。

親族以外の男性とは接触しないという
イスラムの女性たちにどう近づいていくか。
好奇心が強まるあまり、難しいと言われた目的を
どうすれば達せられるか思考をめぐらす過程が実に興味深い。
普通の家庭に入り込むのは難しいが、
新聞社の管理人一家に頼むことはできるだろう……と
徐々に歩を進め、ついにソマリア世界最大の秘境、
家庭の台所に到達した。
そこでは女性たちが料理をし、会話を楽しんでいた。
著者は念願の家庭料理を教わり、
あろうことか寝室にまで足を踏み入れ、
さらには踊りに興じる姿をも見ることができたのだ。

また最後の章では、南部ソマリアで停戦交渉ツアーに同行した際、
いきなり戦闘に巻き込まれてしまう。
銃弾を浴びる装甲車の中でなすすべもなくうろたえていた著者は、
万が一のことでもあれば、そこで命を落としてもおかしくなかった。
そんな危険と隣り合わせの状況にあってなお著者は、
土地の暮らしを見ることで、南部の豊かさを肌で感じていた。

そんな経験を持つ外国人は、
おそらく著者くらいしかいないのではないだろうか。
数々の危険を顧みず、好奇心の赴くままにどこへでも出かけていく
著者のタフネスを尊敬しつつ、半ば呆れてしまう。
ここでも、「間違う力」が炸裂しているのではないか……。

著者の作品はテーマの珍しさが魅力のひとつであるが、
なかでも本書は、誰も知らないような地域で、
ほかの人が思いもつかない方向からアプローチしている点が秀逸だ。
前作はソマリ初体験だったため、発見や出会いに満ちていて、
著者とともにソマリを知っていく楽しみがあった。
熱量も勢いもあふれる一方、まとまりに欠ける印象もあったが、
本書では当初の興奮はだいぶおさまり、
冷静に周りを捕えることができているのではないか。
ことさらに、著者を取り巻く人々の描写に磨きがかかる。
著者の“盟友”であるホーン・ケーブルTVのワイヤッブ、
同TVモガディショ支局長の剛腕姫ハムディ、
ギョロ目のザクリヤ、シャベル・ホーセ州の知事など
個性的な人たちを、実に表情豊かに描いている。

物騒なイメージしかないソマリ地域について、
これほどまでに読みやすく書かれた本はほかにないだろう。
「片想いのソマリランド」「里帰りのソマリア」
「愛と憎しみのソマリランド」「恋するソマリア」と、
昭和歌謡の曲名のように名付けられた各章のタイトルには、
著者のソマリへの強い思いがみっちり込められている。
著者はソマリ世界と、出会うべくして出会ってしまったのだ。
果たして、片想いは晴れて成就するのか。
今後、両者の関係がどう進展してゆくのか、
行く末を見守りたい。

恋するソマリア

恋するソマリア

  • 作者: 高野 秀行
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/01/26
  • メディア: 単行本



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