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『喋る馬』  [本]


『喋る馬』  
バーナード・マラマッド 著/柴田元幸 訳


マラマッドについては、大学生のとき、
米文学概論や米文学史のような講義に必ず登場したので
よく知っていると思っていたのだが、
じつは今まで通して読んだことがなかった。
人物論や背景だけ教わって知った気になっていたとは、
ずいぶん失礼なことをしてしまった。

一般的な知名度はそう高くないかもしれないが、
ロバート・レッドフォード主演で映画化された「ザ・ナチュラル」の
原作者といえば、多少はわかりやすいだろうか。
ニューヨークのブルックリンで生まれたユダヤ系2世。
その背景は、どの作品にも色濃く影響している。
本書に収録された11の短編に登場する人の多くは、
貧困にあえいでいるユダヤ人だ。

「最初の七年」は、靴屋のフェルドの物語。
靴屋を営むフェルドは、毎朝店の前を通りかかる
大学生のマックスが気にかかってしょうがない。
あの青年なら、うちの娘の交際相手にふさわしいのではないか。
そう思い込んだフェルドは、マックスがボロボロの靴を持ち込んだことを
きっかけに、自分の娘を売り込み、デートさせることに成功する。
しかし、娘と青年はうまくいかない。
そんなとき、店では思いがけず不運な出来事が発生する……。

ニューヨークの下町で平凡に暮らすしがない
中年おやじの苦悩たるや、ちっぽけなものだ。
だけれど哀しみや怒り、ときどき喜びの繰り返しのなかには、
小さくとも、意外であっても
人生を左右するトリガーがひっそりと隠れていることを示唆している。
思い通りになんて、いくわけないけど、
生きていかなきゃならんのよ。
そうやって暮らすうちに起こる喜びや哀しみを
受け入れることが自分の役割なのだよ。とでもいうような
あきらめにも似た著者のメッセージは、
生まれ育った背景や環境を反映しているように思う。

印象的だったのは、ドイツから移住してきた
移民に英語を教える青年の物語「ドイツ難民」。
ドイツにいたころはそれなりの地位を得ていたオスカル・ガスナーは、
ニューヨークで講師として生計を立てようとするが、
英語がうまく話せず、講義のテキストをつくることもままならない。
そんなオスカルに英語を教える青年は、
いつしかオスカルに感情移入し、収入よりも
彼の言葉の上達に喜びを感じるようになる。
しかし、希望の光がほんの少し見えたとき、事態は変わる。
いきなりぽんっと投げ出されるラストが衝撃的だ。

また、表題作「喋る馬」は、サーカスで芸を披露して
生計を立てている馬アブラモウィッツと、
その飼い主であるゴールドバーグの葛藤を描くシュールな物語。
話ができるというだけで他の馬と区別され、
そのため自由を得ることができない(と思い込んでいる)アブラモウィッツの
悩みは真剣であるがゆえにおかしみを誘い、
哀しくもユーモラスなムードを添える。
馬の哀しみに寄り添う、奇妙で荒唐無稽な話だが、
どこか人生の悲哀を感じさせておもしろく読んだ。

貧困や閉塞感などを描いてはいても、
貧乏臭さや絶望に至る悲惨さは意外にも感じられなかった。
むしろからっとしていて、常に冷めているような、
著者の客観的な視線の存在を感じさせる。
あるいは、ユダヤ人出身であることのコンプレックスと同時に、
民族意識ともいえる、ある種の誇りが垣間見えるのだ。
ユダヤ人の歴史をひもとけば、著者の作品に
横たわる背景を、さらに理解できるのかもしれない。
自分の知識のすくなさを情けなく感じるとともに、
著者の来歴や民族の歴史への興味をかきたてられた。
同じくユダヤ系の作家ソウル・ベロー、フィリップ・ロスなどと
読み比べてみるのも一興だろう。

柴田元幸が翻訳を手がけていることが、この本を読むきっかけとなった。
自分が興味をもつ海外文学の多くが
柴田訳であることに気づいて、ちょっとばかり驚いた。
セレクトに惹かれるのか、それとも文章が好きなのか。
いずれにしろ、良書を知るきっかけを与えてくれたことに感謝したい。

喋る馬(柴田元幸翻訳叢書—バーナード・マラマッド)

喋る馬(柴田元幸翻訳叢書—バーナード・マラマッド)

  • 作者: バーナード・マラマッド 訳:柴田元幸
  • 出版社/メーカー: スイッチパブリッシング
  • 発売日: 2009/09/30
  • メディア: 単行本



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コメント 1

lucksun

>xml_xslさん
nice!ありがとうございます♪

>ameyaさん
nice!ありがとうございます♪
by lucksun (2010-03-08 00:43) 

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