SSブログ

『アジア新聞屋台村』  [本]


『アジア新聞屋台村』  高野秀行 著



事実は小説よりも奇なり、
ということばに首をブンブン振りながら納得したくなったり、
理解不可能だからこそ人はおもしろくて、
ぶつかって傷つきたくないのに思わず近づきたくなったり。
そして、ちっちゃなことをいちいち深刻に考えることが
バカバカしく感じられ、世の中は適当にできていると思えてきたりする。

読み進めていくうちに価値観の揺らぎを感じる。
カジュアルな文体でさらっと書いてはいるが、根っこにあるものは深い。
人間の面白さ、世界の多様性、未知なるものへの好奇心などを
自身の体験を踏まえてユーモラスに描く。
冒頭には、著者の〈自伝的〉物語と銘打ってあるが、
果たしてどこまでノンフィクションなんだろうか。気になる。


辺境ライターとして活動するタカノ青年はある日突然、
「新聞でタイについてのコラムを書いてください」と
原稿依頼の電話を受ける。
依頼主は、どうやら日本人ではない様子。
ていうか「エイリアン」??
依頼の内容を聞きに出向いた先は、タイをはじめ、
台湾、ミャンマーなど東南アジアを中心とした
数カ国の新聞を独自に発行する新聞社「エイジアン」だった。
名づけて「アジア新聞屋台村」。
「エイジアン」の人々は総じて個性が強く、タカノくんは、
彼ら・彼女らに振り回されつつも、じっくり観察しながら順応していく。

なかでも、台湾出身で、実は資産家の娘である社長の劉さんがいい。
早いとこ出世したいからといって自分で会社を立ち上げ、
そのくせ確実に儲かる仕事を嫌い、
ノウハウがないのに新規事業に次々と手を出す。
傍から見れば、適当に仕事をしているように見えるのだが、
たまに的を射たことをズババッと言い、タカノくんを納得させてしまう。
美しくて子犬のように甘え上手で、人にだまされやすくて
生き生きとしていて、人間としての魅力がある。

そんな劉さんのもとに雇われている社員たちもまた、
マイペースどころか、それぞれが何をしているのかよくわからない。
しかもそれぞれが国籍、文化、宗教など
異なるバックグラウンドを持っているから、口論も起こる。
さながら、ささやかな民族紛争や、宗教紛争が持ち上がったりするが、
タカノ青年はそんな彼らの様子を見て、
宗教の違いというよりも、ただ仲が悪いだけなんじゃないか、と
言うあたり、やはり鋭い観察力、豊かな発想力の持ち主だと思う。

さまざまな国籍の人々と日常接することは、タカノ青年にとって
各国(それも辺境)を旅するよりも強烈な
異文化体験となったのではないだろうか。
何しろ、それぞれの文化や宗教の違いを目の当たりにできるのだから。
そして、「エイジアン」の人々との出会いは、
タカノ青年がライターとして、
また人間としても成長するきっかけとなったようだ。
のちに辺境ライターとなる上で必要なマイルストーン、
いわゆる通過儀礼的な時期だったようにも思う。

そんな「エイジアン」も、人の入れ替わりが激しかったり、
事情がその都度変わったり、さまざまな出来事があった。
そうした中でも自分のビジネス(副業)をちゃっかりしていたり、
独立したりする彼らはたくましい。
そもそも異国である日本で働いている時点で、
パイオニアなんだが、それ以上に
侵略や紛争の歴史がある国々からやってきた彼らにとっては、
自分のためにビジネスを広げていくのは
自然なことなのだというくだりにはっとさせられた。

当たり前だが、働くことは生きること。
自分らしさとかプライドとか趣味なんかじゃ食えないんだよ。
食うために仕事をする彼らの姿は、とってもすがすがしい。
反面教師のようでいて、じつは仕事をすることの
ほんとうの目的を気づかせてくれる。
こういう本は、若いときに読みたかったな。

ちょっぴり遅めの青春模様に挿入された
ほんのり切ない恋のエピソードもなかなか読ませる。
もうう、タカノくんたらじれったいんだから!!

好奇心が恐怖心を上回ったとき、奇なる人物、出来事に遭遇する。
それが人生というものなのさ、ハハハ。
人生なんでもあり。やるかやらないかで迷ったら、
とりあえずやっとけ、という信条をあらためて強くした。

ユーモラスでしみじみしていて、
ぼんやりしたアタマに刺激をくれる。
これだから、高野秀行の本はやめられないのだ。


アジア新聞屋台村 (集英社文庫)

アジア新聞屋台村 (集英社文庫)

  • 作者: 高野 秀行
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/03/19
  • メディア: 文庫



nice!(3)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 3

コメント 6

bluebird

う~ん、今の自分に足りないものが詰まってる感じですね。
がむしゃらなパワーとか、何でもやってみようとか、
ダメで元々とか・・・

新しい本読んでいらっしゃるんですね!
さすがだなー
最近、色々浮き足立っていまして(笑)読書していないです。

メッセージを送りました^^
「メッセージを送る」欄から。
by bluebird (2009-05-17 22:19) 

lucksun

>bluebirdさん
そうそう、年を取るごとに失っていくものが
ごっちゃり盛り込まれているパワフルな小説なのです。
この人の本はどれも元気が出るのでオススメですよー!

メッセージありがとうございました♪
お返事送りました。
楽しみにしております^^
by lucksun (2009-05-18 00:30) 

snorita

面白そうです。
アジア人(自分もだけど)とのつきあいは、結構奥深いというか、パワーもかなりいるけど、楽しいですよねえ。日本人もむかーしはこんなだったのになあ、などと思ったりします。
楽しいブックレビューありがとうございました。さがしてみよっと。
by snorita (2009-05-19 04:05) 

lucksun

>snoritaさん
この本に出てくるアジアの人々はものすっごいパワフルで、
それでいてマイペースでどこか抜けていたりもするんです。
そんなところがチャーミングで、
こういう人たちと話してみたいなあと思います。
わたしはアジアの人とは個人的におつきあいしたことはないんですけど、
話すこと自体が楽しそうですよね。
たしかに、日本人も何時代か前は、彼らみたいだったのかも。
コメントありがとうございます!


>あんぱんち~さん
nice!ありがとうございます。
by lucksun (2009-05-21 00:38) 

bluebird

こんばんは~^^

すっかり通常モードの生活に戻り、さみしいっす(笑)
19日は、ありがとうございました。
皆さん、初対面な気がしなくて、本当に楽しかったです。
お土産までいただいて、いっちゃん大喜びでした。
いや、しかし、ホッピーストロングがあんなに強力だとは・・^^;

by bluebird (2009-05-22 00:02) 

lucksun

>bluebirdさん
こんばんは!
こちらこそ、ありがとうございました。
あとから考えると、なんかあっという間だったなあ、と……(笑)。
会えたら何話そう、っていろいろ考えていたのに、
ほとんど忘れちゃってました(笑)。
いや、でもホントに楽しかったです。
またゆっくりおいしいお酒飲みながら話したいですね~~。
翌日のことを考えてホッピー通常版にしたわたしはヘナチョコです。
by lucksun (2009-05-22 00:53) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。