SSブログ

『チッチと子』 [本]

『チッチと子』  石田衣良 著

石田衣良は、以前は新刊が出るたびすかさず読んでいたが、
いつのまにか毎月といっていいほど刊行点数が多くなり、
フォローしていけなくなってしまった。
なので、刊行と同時に読んだのは久しぶりだ。
新聞広告を見て気になり、
本書を手に取ってみたら、予想以上に良くて感動した。
今までに読んだ著者の作品のなかでも、ベストに近いかもしれない。
最近、恋愛ものが続いていたため食傷気味だったが、
やはりこの人の作品を好きだと、あらためて思った。


主人公の青田耕平は、小説家を生業として10年になる。
同期の小説家や出版社の編集者たちからは
おおむね好評を得ているにもかかわらず、
デビュー作以来、増刷とは無縁のブレイク知らず。
そんな耕平は、4年前に自動車事故で妻・久栄をなくし、
小学校4年生になるカケルとふたり暮らしをしている。
ささやかだけれど、それなりに幸せに見えた父と子だが、
ふたりの心の奥底には、いまでも
久栄をなくした哀しみがずっと沈んでいるのだった……。


自己評価が低く謙虚で誠実な耕平と、
頭の回転が速く、大人に対しても心をつかえるカケル。
ふたりのフォローしあえる親子関係が何とも言えずいい。
どちらかといえば耕平のほうがナイーブで
つねに何かを思い悩んでいるため、
カケルが耕平を守っているように思えることもあるが、
お互いが信頼しあって、愛し合っていることは
細やかな心理描写を通してじんわりと伝わってくる。

ひとりの男として、父として、小説家として
自分の行く先について悩み、子どもの気持ちを考えて悩み、
女性たちとの関係について苦しむ耕平の姿を見るにつれ、
小説家という職業は、考えているほど特別ではないことが
次第に分かってきて、親近感を覚えた。

さらに時折、著者自身の信条と思える言葉も
さりげなく書かれていて、思わずはっとする。たとえば、
“皮肉なことに結婚しているほうが自由で、
独身のほうが男性は不自由なのだ”といった恋愛観。
あるいは、亡くなった妻について、恋人候補(?)の女性に、
「ぼくが忘れないんじゃなくて、むこうがわすれさせてくれないだけです」
というくだりには、なるほどと思わせられた。
綿密な取材に基づくのか、自身の経験に基づくのかはわからないが、
著者が心理描写にたけているといわれるゆえんがよくわかる。

エンターテインメントの文学賞“直本賞”レースのいきさつや、
選考委員たちについては、モデルが一目瞭然であるほど、
実際の文芸業界の様子に基づいてリアルに描かれる。
そうした出版関係の裏事情について詳しいのも、直木賞作家ならではだ。
また、生々しい話ではあるが、具体的な原稿料にもふれ、
そのために作家が“売れる”小説を目指すという
切実な思いについても素直につづられている。

耕平とカケルが住む町・神楽坂の街の描写も
物語に華やかな味わいを添えていた。
神楽坂の職場に通っていた経験があるので、
舞台になっている店がどこか、だいたいわかるのがまたうれしかった。
ちょっとネタばらしをすれば、耕平が打ち合わせや取材に使う喫茶店は、
コーヒーゼリーが絶品の、ログハウス風のお店ではないかと思う。
そのほか、おそらく、かの有名な鳥茶屋も登場している。

人間も街も、石田衣良の手にかかれば
生き生きと動き出して、鮮やかな色味をおびていく。

耕平の同期である時代小説家の片平新之助や
ライバルと目されている磯貝ヒサシ、
文壇バーのホステス椿、書店員の横瀬香織、
編集者の岡本や米山といった、耕平をとりまく人々も、
その表情を思い描けるほど個々のキャラクターが際立つ。
出版業界を舞台にしていながらも決して浮き足だった感じがなく、
地に足がついている様子もまた好ましかった。

読むほどに耕平を好きになり、全力で応援したくなった。
小説にも、息子にも、亡くなった妻にも
支えてくれる人々にもつねに誠実で、嘘がつけない。
こういう人が書く小説は、きっと寂しさを抱える人を温めてくれるだろう。

さて、耕平は“直本賞”をとれるのか?
気になったら、ぜひ読んでみてほしい。

チッチと子

チッチと子

  • 作者: 石田 衣良
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2009/10/23
  • メディア: 単行本



nice!(4)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

nice! 4

コメント 1

lucksun

>SORIさん nice!ありがとうございます♪

>xml_xslさん nice!ありがとうございます♪

>+kさん nice!ありがとうございます♪
by lucksun (2009-12-01 00:57) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。